日本刀の豆知識30選
新しいことを覚えたら、クイズで力試し。
英語版クイズをもとにAIで日本語で作成しました。出典は日本語版ウィキペディアにリンクしています。
全部知ってた?クイズで証明しよう。
30問のクイズに挑戦日本刀の材料「玉鋼」を生み出す、日本独自の製鋼法は?
「玉鋼」の名は古来のものではなく、明治時代半ば以降に命名された。もとは陸海軍に坩堝の材料として納められていた鋼の商品名だった。
日本刀の鋼づくりで、鉄鉱石の代わりに原料とされるものは?
この原料なら低温で高速還元ができ、不純物も少ないため良質の鋼が得られる。日本の炉は低い箱型で、世界的に見ても特異な形とされる。
戦国時代に主流となった打刀は、刃をどちらに向けて腰に差す?
それ以前の主流だった太刀は、刃を下にして腰に佩いた。徒歩の大集団による戦闘が広がり、より軽量で携行しやすい打刀が取って代わった。
刀匠と弟子が交互に鎚を振るう「向こう槌」から生まれた言葉は?
下鍛えでは、鋼を叩き伸ばしては折り重ねる「折り返し鍛錬」を縦横に繰り返す。この段階の折り返しは5回から6回ほどである。
相州の岡崎五郎入道と呼ばれ、古今で最も著名とされる刀工は?
「湾れ」に「互の目乱れ」を交えた華やかな刃文を確立し、各地の刀工に絶大な影響を与えた。現代刀工の最高の栄誉とされる賞にも、その名が冠されている。
軍人や警察官などを除いて帯刀を禁じた廃刀令は、西暦何年に出された?
新たな刀の需要はほとんどなくなり、多くの刀鍛冶が職を失った。名刀の海外流出も進んだが、政府は帝室技芸員を任命して作刀技術の保存に努めた。
国宝に指定された日本刀のうち、8割を占めるのはどの時代の作?
武士の台頭で需要が急増し、上皇が刀工に作刀を奨励したこともあって日本刀は黄金期を迎えた。国宝の7割は太刀である。
寛文頃、反りの浅い刀が好まれたのは、剣術の稽古で何が中心になったため?
この姿は寛文新刀と呼ばれ、江戸時代の刀剣を代表する。中心地は江戸で、その武骨な姿が武芸者に好まれた。
刀工が自分の名前や居住地などの銘を切る、刀身の部位は?
一般に、身に付けたとき外側になる表に刀工名や居住地を、裏に制作年や所持者名を切ることが多い。裏銘や無銘といった例外もある。
江戸時代後期に生まれた、刀身が錆びにくい保管用の鞘を何と呼ぶ?
白木のまま仕上げてあり、中の掃除もしやすい。これにより、拵えは外出用、こちらは家庭での保管用という使い分けが行われるようになった。
刀身を柄に固定するため、穴に差し込む小さな部品は?
古くは金属製だったが、南北朝時代を境に、燻した肉厚の竹が使われるようになった。100年以上寝かせた真竹が最適といわれる。
2020年時点で、国宝の日本刀を最も多く所蔵していた施設は?
所蔵数は19口。2位は徳川美術館の8口、3位はふくやま美術館の7口で、国宝に指定された日本刀は全体で約120点にのぼる。
親指を鍔にかけ、刀を鞘から少し押し出す所作を何という?
鞘のうち刀身を差し入れる口が、この言葉のもとになった名で呼ばれる。反対側の端は「小尻」または「鐺」という。
現代の分類で「脇差」とされるのは、刃長30cm以上、何cm未満の刀?
江戸時代には長さに応じて、1尺7寸前後の大脇差、1尺4寸前後の中脇差、1尺2寸未満の小脇差といった呼び名があった。
粗製濫造の「数打物」が大量に出回るきっかけとなった15世紀後半の戦乱は?
足軽に貸し出す「お貸し刀」が大量に必要になったためである。質より量を重視した刀は、店先で束にまとめて投げ売りされたことから「束刀」とも呼ばれた。
焼入れによって刀の表面に現れる、非常に硬い鋼の組織は?
この組織の粒子が大きく、丸い粒状に見えるものを沸、粒が見分けられないほど細かいものを匂と呼ぶ。どちらも刃文の見どころである。
13世紀初頭、自らの御番鍛冶に官位を与えたとされる上皇は?
熱心な愛刀家で鑑定にも詳しく、自ら焼刃を施したともいわれる。承久の乱に敗れて隠岐島に流されてからも刀を作り、菊御作を残したと伝わる。
足利将軍家に代々仕えた研師で、刀の鑑定も務めた家は?
始祖の妙本が足利尊氏に仕え、刀剣奉行になったのが始まりとされる。大和・山城など5大流派を系統づけたのもこの家である。
刀身に擦り傷が付かないよう、鞘の材料に使われる軟質な木は?
加工後に反るのを防ぐため、10年以上寝かせてから使う。腰に差したとき体に接する側を「差裏」、外に面した側を「差表」と呼ぶ。
五箇伝のうち、確認されている刀工数が4005人と最も多い流派は?
2番目に多いのは美濃の1269人。最も少ない相州は438人で、五箇伝のうちここだけが国名の相模ではなく州名で呼ばれる。
焼入れの際、土置きした刀身は全体をおよそ何℃まで加熱する?
刀匠は作業場の照明を暗くし、鋼の光り方で温度を見極める。最適な状態になったら、一気に水槽に沈めて急冷する。
はばきや鍔など、日本刀の金属部分を作る職人を何と呼ぶ?
日本刀は刀工だけでは完成しない。研師や鞘師、柄に紐を巻く柄巻師、装飾を施す蒔絵師や金工師など、多くの職人の手を経て仕上がる。
江戸へ出て鍛刀技術を磨き、「新々刀の祖」と呼ばれる刀工は?
出羽国の出身。華美な刀の流行に疑問を抱き、南北朝期などの実用刀への復古を唱えた。弟子は全国に散り、その影響を受けない刀工は皆無に近いという。
焼入れ前の土置きで、焼場土を特に厚く盛る部分は?
土の薄い刃側は速く冷えて硬くなり、容積が膨張する。これが、刃側が張り出した日本刀独特の湾曲を生む。
天正末期、備前長船の刀工たちを壊滅させた氾濫はどの川で起きた?
備前鍛冶の伝統が一時途絶えたため、各地の大名は量産体制のある美濃の鍛冶をこぞってお抱え刀工に採用した。
揃いの意匠で飾られる目貫・小柄・笄の3点の金具を何と呼ぶ?
刀身を除く拵えは完全な組立式で、持ち主の好みに合わせて自由に作り替えられる。新調の拵えをまとった数百年前の古刀もある。
山城伝の地鉄に沸の強い作風を重ね、相州伝の祖とされる刀工は?
弟子に行光と国広がいた。鎌倉幕府は作刀研究を進めるため各地から名工を招いており、国光もその流れを汲む一人とされる。
焼入れ後の焼戻しの工程では、刀身を何度ほどに熱する?
「合い取り」と呼ばれるこの工程で鋼が安定し、靭性が増して刃こぼれしにくくなる。横方向に生じた反りは、木の台の上で小槌を使って直す。
1484年に明へ輸出された日本刀は、何振りにのぼった?
国内で一振り800文から1貫だった刀を、明には5貫で売っていた。ただし16世紀前半には1貫まで値下がりしている。
2014年、古刀の「乱れ映り」を再現し、刀剣界の最高賞を受けた刀匠は?
太刀・刀の部門は長らく「該当なし」が続き、18年ぶりの受賞だった。武器としての強靭さを重視して焼入れの仕方を変えたことが成功につながったという。