ナウル共和国の豆知識29選
新しいことを覚えたら、クイズで力試し。
英語版クイズをもとにAIで日本語で作成しました。出典は日本語版ウィキペディアにリンクしています。
全部知ってた?クイズで証明しよう。
29問のクイズに挑戦ナウルで教育や行政、ビジネスに広く使われている言語は何?
日常会話ではナウル語が使われ、ナウル人のほとんどは両方の言語を話すことができる。
ナウル人の祖先は、何に乗って島へ渡来したと推測されている?
渡来は紀元前2000年ごろ、西方からと推測されている。考古学・言語学の調査が十分でなく、詳しい時期は分かっていない。
国防を他国に依存するナウルに存在しない組織は何?
警察はあるが、国防についてはオーストラリアに依存している。
ナウル共和国の国旗で、黄色の横棒は何を表している?
白色の十二芒星はナウル島そのものを表し、同時に島の12の部族も象徴している。
ナウルが広大な排他的経済水域について販売している権利は何?
中国や日本、台湾、韓国、アメリカなどがナウルのEEZ内で漁を行っている。2016年のナウル国籍船の総漁獲量は530トンほどだった。
政庁が置かれ、一般にナウルの首都とされる地区はどこ?
ナウルには行政上の都市が存在せず、公的に定められた首都もない。政庁のある地区が事実上の首都として扱われている。
ナウルが独立してイギリス連邦に加入したのは何年?
独立は1月31日。その2年前には内政自治を獲得しており、南太平洋で初めての共和国となった。
ナウルはケッペンの気候区分で何気候に属する?
気温は年間を通じて24-33°C、湿度は80%前後で、年による変動は小さい。
ナウルのリン鉱石のもとになった、鳥の糞と死骸が混ざった物質は?
これが島の土壌やサンゴ礁と混ざりあい、時間の経過とともにリン鉱石が形成されたという。
ナウルのリン鉱石の採掘権をイギリス資本の会社に与えた国は?
採掘権を得たのは「パシフィック・フォスフェート・カンパニー」で、採掘は1907年に始まった。
2024年1月、ナウルが2回目の断交を発表した相手はどこ?
1980年に国交を結んだが、2002年に断絶、2005年に再び国交を結ぶという変遷をたどった。2024年の発表では中華人民共和国の国家承認を行うとした。
ナウルで住宅に集まって行われる賭博に使われるゲームは何?
あらかじめ政府に登録した広い部屋がある住宅に集まって行い、賭け金は日本円で1000円ほどから始まる。
ナウルが2009年に承認したアブハジアはどの国の一部とされる?
ナウルは南オセチア共和国も同時に国家承認して外交関係を樹立したが、2026年7月に国交を断絶し、独立承認を撤回した。
ナウル島の旧称は何?
18世紀末に来島したイギリスの捕鯨船の船長が名付けた。20世紀までの日本ではナウール、ナウール島とも表記された。
ナウルと面積がほぼ同じ東京都の特別区はどこ?
ナウルの国土面積は21km2。東京都の区部南部に位置する特別区とほぼ同じ広さしかない。
ナウル航空の日本への定期便が鹿児島とともに乗り入れた都市は?
定期便は1972年に開設され、グアム島を経由していた。1988年に休止され、その後廃止された。
ナウルが2020年10月23日に批准した条約は何?
ナウルは1999年9月14日に国際連合へ加盟している。
ナウル島を一周する舗装道路の長さは何キロメートル?
この道路は島の沿岸部分を囲んでおり、ナウルの道路の70%を占めている。
日本軍の占領下でナウル島民1,200人が強制連行された先は?
日本軍がナウルを占領したのは1942年8月。連行された島民の多くが死亡した。
ナウルの最高点コマンド・リッジの標高は何メートル?
ナウルは隆起サンゴ礁島で、最高点でもこの高さしかない平坦な島である。国土面積は21km2。
1899年にナウルでリン鉱石の鉱床を発見した地質学者は誰?
ニュージーランドの地質学者。この発見以降、ココヤシの栽培と漁労による生計経済を営んでいた島の経済は激変した。
1798年にナウルへ来島した捕鯨船ハンター号の船長は誰?
イギリスの捕鯨船の船長で、来島の際に島へ名前を付けた。1830年代以降は食料と水を求める捕鯨船が島を訪れるようになった。
リン鉱石の枯渇に備え、利益の多くを投資に回したナウル大統領は?
金利や事業収入を得ることが目的だったが、放漫経営や詐欺被害、不正行為によって莫大な損失を出し続け、投資のほとんどは失敗した。
19世紀前半のナウルを訪れた「浮浪白人」は何と呼ばれた?
1830年代と1840年代には、食料と水を求める捕鯨船も島を訪れていた。
1962年、ナウル人の移住先を用意する義務を表明した豪首相は?
リン鉱石の乱掘で国土が荒廃し、住民の集団移住が検討されていた。しかしナウル人は文化やアイデンティティを失う不安などから計画を拒否した。
1960年代初頭、ナウルのリン鉱石の年間生産量は何万トン近くに達した?
当時、ナウル産のリン鉱石は1トンあたりおよそ40オーストラリア・ドルで取引されていた。
ナウルで1930年と1940年に記録された年降水量は何mm?
平均年降水量は2000mm程度だが、年による変動が大きい。1950年には300mmしか記録されなかった。
ナウルの伝統的なスポーツは何と呼ばれている?
丸太に木の棒を当て、落下地点で点数を競う競技。現在は競技人数が低下し、消滅が危ぶまれている。
ナウルの漢字による表記として用いられてきたのはどれ?
国名は現地語では「Naoero」だが、日本語においてはナウル共和国、通称ナウルと呼ばれている。