英語版クイズをもとにAIで日本語で作成しました。出典は日本語版ウィキペディアにリンクしています。
バイロン卿ことジョージ・ゴードン・バイロンは、19世紀イギリスのロマン派を代表する詩人。10歳で男爵位を継ぎ、長編物語詩で一躍有名になった。 社交界の寵児としての恋愛遍歴、イギリスを離れてからの放浪、そして独立戦争への参加と、その生涯は作品に劣らず劇的だった。 このクイズでは生い立ちや代表作、人物像を伝える逸話、日本での翻訳の歴史までを幅広く出題する。
全30問の答えと解説。クイズで遊ぶ
Q 01バイロンを「今世紀最大の天才」と賞賛した文豪は誰?
ゲーテ
バイロンは19世紀ロマン派の詩人で、その作風はヨーロッパ諸国の文学に広く影響を与えた。
Q 02世界最初のプログラマーとされるバイロンの娘は誰?
エイダ・ラブレス
バイロンが最初の妻との間にもうけた娘で、誕生日は12月10日である。
Q 03バイロンが参加し、熱病にかかって死亡した戦争はどれ?
ギリシア独立戦争
情熱家として知られたバイロンは独立軍の側に立った。1823年に暫定政府代表の訪問を受けたことが参加のきっかけだった。
Q 04冷笑と機知に満ちた、バイロン後期の代表作とされる作品は?
『ドン・ジュアン』
1819年から1824年にかけて発表され、イギリスを去った後の時期を代表する作品とされる。
Q 05バイロンが悪友と交わって遊び暮らしたとされる大学はどこ?
ケンブリッジ大学
1805年に入学したものの学業を顧みず、放埒な日々を送って1808年に大学を去った。
Q 06イギリスを去ったバイロンがジュネーヴで出会った詩人は?
シェリー
二人はともにスイス各地を巡遊した。バイロンはその後、ピサやジェノヴァなどで退廃した生活を続けた。
Q 07バイロンは日本でどの時代以来よく知られた詩人とされる?
明治
日本ではもっともよく知られたイギリス詩人の一人で、20世紀の初めから数多くの訳書が出ている。
Q 08バイロンが1801年から1805年までを過ごした学校は?
ハーロー校
卒業した年に大学へ進んだが、学業を顧みず放埒な日々を過ごしたという。
Q 09社交界の寵児だったバイロンが1815年に結婚した相手は?
アナベラ・ミルバンク
数多くの恋愛を重ねた末の結婚だったが長続きせず、翌年には別居に至った。
Q 101810年にバイロンが泳いで渡った海峡はどこ?
ダーダネルス海峡
5月3日のことで、ヨーロッパ側からアジア側へと泳ぎ切った。
Q 11詩人バイロンが生まれたのは何年?
1788年
誕生日は1月22日。イングランドの詩人であり、貴族でもあった。
Q 121812年に1・2巻が出版され大評判となったバイロンの作品は?
『チャイルド・ハロルドの巡礼』
ポルトガルやスペインなどを巡った旅の成果で、生の倦怠と憧憬を盛った詩風と異国情緒が時代の好みに合った。
Q 13ロンドン生まれのバイロンが2歳の時に移り住んだ町は?
アバディーン
父はジョン・バイロン大尉、母はその2番目の妻キャサリン・ゴードン。移り住んだ先はスコットランドの町だった。
Q 141969年にバイロンを記念する石碑が贈呈された場所は?
Q 21単に「バイロン卿」と言えば指される詩人は、何代目のバイロン男爵?
6代目
先代は従祖父のウィリアム・バイロンで、父のジョン・バイロン大尉はその甥にあたる。
Q 221812年にバイロンと交際した、のちの宰相メルバーン子爵の妻は?
キャロライン・ラム
交際はすぐに破局したが、彼女はその後もバイロンにつきまとい続け、思いつめてやせ細ったという。
Q 23バイロンと関係を結んだとされる異母姉は誰?
オーガスタ・リー
彼女が産んだエリザベス・メドラ・リーは、バイロンの子ではないかと見られている。
Q 24愛猫家だったバイロンが飼っていた猫は何匹?
ウェストミンスター寺院
死後145年を経た5月8日のことで、石碑を贈ったのは詩協会(The Poetry Society)だった。
Q 15数多くの詩集や詩劇を残したバイロンの生涯は何年間だった?
36年
短命ながら多作だったのは、人並み外れた速筆のおかげだったとされる。
Q 161824年1月にバイロンが上陸し、熱病で死亡したギリシャの町は?
メソロンギ
コリンティアコス湾の要衝であるレパントの要塞を攻撃する計画を立てていたが、果たせなかった。
Q 17バイロンが政治的に支持していたイギリスの政党は?
ホイッグ党
バイロンは対立する側の外交政策を批判していた。上院で演説を行って名を挙げたこともある。
Q 18バイロンが男爵位とともに従祖父から相続した館の名前は?
ニューステッド・アビー
1798年に従祖父が亡くなり、ほかに相続人がいなかったため10歳で爵位を継ぎ、相続のためノッティンガムへ移った。
Q 19バイロンが1812年の上院演説で弾圧に抗議した運動は?
ラッダイト運動
紡績工たちによる運動で、バイロンはこの演説で名を挙げた。数年にわたる外遊から帰国し、ロンドンに住んでいた頃のことである。
Q 20バイロンがマリアンナ・セガティらと関係を持った滞在先は?
ヴェネツィア
相手の一人マルガリータ・コーニは22歳で、読み書きはできなかったが夫の家を離れてバイロンと同居した。
5匹
動物好きで、猫のほかにも馬や犬、猿、鳥を飼っていたという。
Q 25バイロンの詩集『懶惰の日々』を非難した雑誌は?
エディンバラ・レビュー
1807年刊の詩集を酷評されたバイロンは、1809年に諷刺詩『イギリス詩人とスコットランド批評家』を出して鬱憤を晴らした。
Q 26同居相手と争ったバイロンがしばしば夜を過ごした場所は?
自身のゴンドラ
相手はマルガリータ・コーニ。やがてバイロンは彼女に家を出て行くよう言い放った。
Q 27バイロンの主著のうち、1815年に発表された作品は?
『ヘブライの旋律』
原題は Hebrew Melodies。前年の1814年には『海賊』が発表されている。
Q 28バイロンの主著のうち、没年の1824年に発表された作品は?
『不具の変身』
原題は The Deformed Transformed。前年の1823年には『天と地』や『島』が発表されている。
Q 291924年に二松堂書店ほかからバイロンの長編詩の訳書を出したのは誰?
土井晩翠
この訳書の題は、のちに「巡礼」から「遍歴」を用いた形へと改められた。
Q 30バイロンの『マリーノ・ファリエロ』が発表されたのは何年?
1821年
同じ年には『サルダナパラス』『カイン』『ダンテの予言』なども発表されており、多作の一年だった。